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21 July

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01 April

二作品目はエターなりました

二作品目はエターなりました。
SRPG Studio製のゲーム作品の話です。

エターなった理由は…、端的にいうと身に合わぬ長編を作ろうとしたからだと思います。
巫女物語の出来がそこそこだったので、じゃあ今度は長編だな!と思っていたら…
挫折しました。
最初から長編を作るのは、やはり今の僕には無謀なようです。
プロットや構想を練るといいながら二、三カ月、ほぼできていないに等しいです。
つまりこれは、エターなったというわけです。
(エターナルフォースブリザード!)

…これはゲームに限らずそうなのですが、小説然りいまだ長編のお話を
書けたことがないのです。
もうちょっとステップを踏むべきだったのかもしれません。
このままだらだらやっていても時間の無駄なので、短編に切り替えていきたいと思います。
(この分だと中編もあやしい!)

最近、落書きですが漫画も描けるようになったので、ゲームを作る方の
進度はより一層遅くなるようになると思いますが、またどこかにゲームをアップロードした
時は、ぜひプレイしてあげてください。

ではでは。今回は以上。
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25 March

「何が言いたいかわからない」と言われても(巫女物語、ネタバレあり)

自分の作ったゲームのレビュー欄に、「作者は何が言いたいのかわからない」と
書かれたことがある。無論、習作たる巫女物語のことである。
「何が言いたいのかわからない」と言われても、「別に特に言いたいこともない」のだから
何も言いようがない。
「言いたいこともないのにメッセージ性のありそうな作品を作ってもいいのか」と
言われそうであるが、その意見に対しては「別に言いたいことがなくても
メッセージ性のありそうな作品を作ってもいいんじゃない」と答えるだろう。

巫女物語は人身御供、つまりは生贄のならわしをテーマにした作品である。
人を生贄に捧げるならわしのことを人身御供という。
巫女物語は、この人身御供という生々しい祭事をテーマに据えた。

しかし、いや、だからこそ「人を生贄に捧げることは悪である!」だとか、
そんな社会的に役立ちそうな道徳を主張するつもりはない。
今も昔も、そんな社会的な正義を主張するために作品を作ったことはない。
これからも高尚な作品を作るつもりはないし、高尚な作品を作るだけの知識もない。

人身御供という祭事が倫理的に正しいかどうかは別にして、もっと単純に、
人身御供というものがどのようなものであったか、ということを
ゲームを通して表現したかっただけなのである。

人身御供を表現する過程で、巫女達の苦悩、つまり生贄の当事者たる
巫女達の思い悩む様子が描写され、巫女を取り巻く人々の様々な態度が
描写されいった、ただそれだけなのである。

だから、「作者は何が言いたいのかわからない」と言われても、
「別に特に言いたいこともない」のだから、何とも言いようがない。

しかし全部が全部、「別に特に言いたいこともない」のかと問われれば、
そうではない。
特にマドカと母親の親子関係については、個人的に相当な思い入れがある。
母親からのろまやドジと言われ続け、厳しい戒律にがんじがらめにされながら
育ったマドカには、同情せざるをえない。

マドカは自らに課せられたあまりに辛く過酷な運命に抗おうとするが、
彼女とて年端もいかない少女である。
悲壮な運命に抗うことができず、自らの人生を悲観し、
運命に呑まれそうになることもある。
「自分が死ねば、大地震は止まる」と、思いつめる日もあれば、
二十年前に起きた地震の惨劇を目の当たりにすると、自責の念に駆られ、
自らの運命を受け入れ、その身を手放したくなる日もある。
もちろん、自暴自棄になってしまう日もある。
それは、マドカがまだ幼さの残る年端もいかない少女だからである。
 上辺だけを見れば、マドカは立派な人間であると周りからは思われているかもしれないが、
そんなことはないのである。
マドカは少女らしく、いや、マドカらしく、悩みに悩み、
時に思い詰め、そしてデュークやマルメロといった旅で出会った仲間に
励まされながら、前に進もうとするのである。

マドカには幸せになって欲しい。
だけどマドカは、生まれ育った環境のせいでしばらくの間は
幸せにはなれないのだろうと思う。
だけどいずれきっとマドカは幸せになるのだろう、という深い確信が
胸の奥底にある。
それは、親心のようなものなのかもしれない。
いずれにせよ、マドカには幸せになって欲しい。
そう願うばかりである。
19 March

自分とSRPG Studioについて

当初は半ば現実逃避のために始まったSRPG Studioでのゲーム製作ですが、
月日は流れ、僕のSRPG Studio歴はもう半年になっていました。
半年近くもこのツールを使い続けているのですね…驚きです。


それでまあ、結論からいうと、しばらくSRPG Studioでのゲーム制作は
やめようと思う、という話でした。

理由は色々ありますが、一番の理由は、
「ゲーム製作というものがいまいちしっくりこなかったから」です。

本来、というよりか元々僕はゲームを作る畑の人間ではなく、
絵を描いたり漫画を描いたりする側の人間でした。

ゲーム製作と、それらは明確に違います。
常に絵を描いていたいと思う僕からすると、膨大な雑務に追われ、
デバッグやバグフィクスに追われるゲーム製作は、かなりの重荷でした。
だけど、デバッグもバグフィクスも、細かい修正作業もやらなければならないのは
事実でした。
そこで、そういう風にゲーム製作を行っていた僕はふと思うのです。
「やっぱり、絵とか漫画描きたいな」って。



僕は元々絵や漫画を描いたりする側の人間でした、と先ほど言いましたが、
もう少し厳密にいうと、僕は最初ゲームを作る側の人間でした。
ゲームを作るといっても、携帯機のRPGツクールというRPG製作ツールを
使ってゲームを作るのですが…。
その携帯機のRPGツクールで作った作品を、上手くロムを吸い出したしたりして、
web上に公開していたことも何度かありました。
しかし、公開した作品の反響は芳しくありませんでした。

そして僕はある日そのRPGツクール界隈を去ることを決意します。
なぜか?あまりに作品を遊んでくれる人が少なかったからです。
RPGツクールで作品を作った経験のある方ならご理解いただけるでしょうが、
RPGツクール製の、ましてや携帯機のRPGツクール製のゲームの
プレイ人口など、たった数人から数十人に過ぎないのです。

そんなたった数十人のプレイヤーに向けて作品を発信していくことが
とても虚しく感じられました。

そしてある日、僕は思い立ったのです。
「もっと、人が多くて、それでいて色んな人が集まっている面白い場所に行こう」と。

こうして、僕はRPGツクール界隈、もといゲーム製作界隈を去ったのです。
池の中の蛙を夢見るよりも、広い大海原を見ることを僕は選んだのです。
 


お絵描きという大海原を選んだ僕ですが、再びSRPG Studioという
ゲーム製作界隈に身を投じることになりました。
その理由としては、単純にファイアーエムブレムのようなゲームを作っていたいと
二年ほど前から強く思っていたからです。

そして、紆余曲折を経て、おおよそ数年ぶりにゲームが完成しました。
タイトルは「巫女物語」。巫女にまつわるとある因習を題材にしたゲームです。

「巫女物語」の製作途中に、ふとある考えが頭をよぎりました。
それは「これでいいのか」という考えです。
SRPG Studioでゲームを製作して、それを様々なサイトにフリーゲームとして
登録すれば、恐らく100人以上の人々にゲームをプレイしてもらえるだろう。
でも、それでいいのでしょうか。
もっと、もっと大人数の人が居るであろう、大海原を目指して、僕はお絵描きを
志したのですから、ゲーム製作よりも、もっと広い大海原を目指していきたいと
思うのも必然といえば必然でしょう。

もちろん、これはゲーム製作を完全にやめる、というわけではありません。
ただ、製作の頻度やペースは間違いなく落ちるだろうと思います。

僕、田中佐藤は、これからはゲーム製作も時々行いながら、
ものをかく人間としてがんばっていきたいな、と思いました。
なのでSRPG Studioでのゲーム製作は、ひとまずここで打ち止めということで。
(そんなことを言いながら新作を今も作り続けていたりするのもここだけの秘密です)

ではでは。
あ、最後に、twitterにアップロードしているUI素材ですが、
このブログやほかの場所にでもUI素材をまとめたものをアップロードしようと思います。
もちろん営利・非営利関係なくどなたでも利用できる素材です。

ではでは。

16 March

絵の上達と思い込み

ここ数年、苦手だと思っていたこともきちんと勉強していけばわりとできることが多い。
photoshopの操作を覚えるのもその例。

一時期、photoshopのような多機能お絵描きソフトの機能が全く覚えられないことを
とても気に病んでいたことがある。


「なんで僕はphotoshopの操作を全く覚えられないんだ…!長年
デジタルでお絵描きしてるのに…!おかしい…!おかしい…!」

「これはきっと僕の頭が悪いせいなんだ!」

もうphotoshopはやめよう…

…頭の出来の悪さに関しては、否定はしない。
恐らく頭はあまり良くないような気がする。
だけどその分それなりの努力をしているのも確かである。

だからphotoshopの操作方法を覚えることなんて、努力を鑑みれば
できないはずがないのである。
なのにできない…。どうしてだろう、なぜだろうと思い悩み、
「じゃあもういっそ基礎からやりなおしてみるか」
と入門サイトやガイドを見ながら、スモールステップならぬベビーステップを
踏みながら機能を覚えていくと、あっさりその牙城が崩れたのである。
つまり、photoshopの大体の操作方法を少ない労力であっさり覚えることが
できたのである。

数年前はあんなに思い悩んでいたのに…、どうして覚えることが
できたのだろう…。
疑問に思った僕は、ふとphotoshopの操作方法を覚えるためにとった行動を
思い返してみた。数年前と現在、違うものは一体何なのだろうか…。

すると、気付いたことがある。
数年前と現在、一番の差異、それは「説明書やガイドを読んだかどうか」
であった。

つまり、「説明書やガイドを読んで基礎から少しずつやっていったら、
photoshopの操作も大体覚えられたった」なのである。




しかし、それでも、それでも、である。
それでも全くどうにもならないことがある。
それは「絵」である。

お絵描き。絵。イラスト…。
物心ついた時から絵を描いてきた…というのは抜きにしても、
本格的に絵を描こうと思い立った中学二年生の頃から
かなりの年数が経っているが、それでも「絵」は
一向に上手くならないのである…。

努力が足りていないせいなのだろうか?
…これも否定はしない。恐らくトップレベルの人達と比べると
雀の涙のような程度の努力しかしていないと思う。
しかしそれなりに努力はしてきたつもりなのだ。
でも、それでもそれなりに上手くならないのである…。

なぜだ、どうしてだ、なんでなんや!ふざけんな!ふぁっ○きゅー!!

13 March

巫女物語について

『巫女物語』の反響は思ったよりも上々でした。

僕の頭の中での想定では、DL数は恐らく2,30、良くて100程度でしたが、
ふたを開けてみれば夢現だけでもDL数は200を超えていました。
レビューやコメントに関しても、登録サイトや作品wikiをすべて含めて
一つや二つ、三つくらいあれば上出来な方かなと思っていましたが、
実際はそれを上回る数で、一応作った労力の見返りとしては
十二分回収できたかなと思っています。
 
ただここまで反響が当初の想定と違うとなると、かなり
戸惑っていたりもします。
巫女物語の出来過ぎた反響を意識するあまり、
「二作目、どうしようか…」と固くなってしまうところも
ないと言えば嘘になります。
(保身に走る!)
 
今まで曲りなりにも物をかいてきて、このような経験をしたことは
一度もありませんでした。
どうすれば…。
(よくよく考えなおしてみると贅沢な悩みですよね)

ともあれ、創作作品の評価や反響はやはり水物だと思っています。
たとえ二作目の出来が一作目を上回っていたとしても、二作目は一作目よりも
反響がないかもしれません。その逆もまた然り。
ですので、あまり周囲からの反応は気にせず、変に構えず
気を楽にして作品作りに取り掛かった方が精神衛生に良いのだろうと
思っています。
…そんなことができるかどうかはまた別の話ですが…。あくまで心構えの話。

まあ、「一作目これだけできた自分すごい!」と自分を褒めながら
モチベーションに身を任せてひたすら邁進するという方略をとるのも
良いのかもしれません。

作品作りに限らず、これまでの人生においても良い状況に遭遇したりや
望ましい環境に属した経験が殆どないので、未体験のシチュエーションに
かなり戸惑っています。
それで、今抱いているこの感情について気になったので
yahooで検索をかけてみると、どうやら「幸せ恐怖症」という精神状態が
存在しているらしいです。

少しでも幸せな状況に出くわしてしまうと、その小さな幸せを
丸ごと放り投げてしまうという「幸せ恐怖症」というものを
僕は長年に渡って患っているのだろうと思います。
幸せな状態よりも不幸な方が居心地が良い、というのは察しの通り
非常に精神衛生に悪い状態で、よろしくありません。
        
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